野鳥を許可なく飼育・捕獲することは法律で禁止されている。また、巣立ったばかりで飛翔能力が十分でない雛を、「迷子」だと勘違いして持ち帰り問題になることもある。
子供が草花をむしったり、生き物を捕ったりすると「可哀想だから」と言って、すぐに親が制止してしまったり、"自然のものは自然に任すべきで、人は絶対に手を出してはならない"とか言う人もいるが、私は必ずしもそうあるべきだとは思わない。幼少期に虫捕りや魚採りをした経験は多くの人が持っているだろうし、それを飼ってみたり、そして時には殺してしまったりして、生き物とは何かという事を学んだのではないだろうか。そういった経験をしないで成長する方が寧ろ怖いと思う。しかし、雛はなるべく拾わないで欲しいと思う。小さすぎる雛は手間が掛かる上に、人に馴れてしまうし、巣立ち雛は飛翔能力が足りないだけで多くの場合は親が近くにいるからだ。
前置きが長くなったが、以下は私が今まで拾った一部の鳥の記録である。私はよく他人から、(もしくは自分で)傷病鳥や落鳥を拾ったり、預けられたりする。中学の時、これを記録に残せばいい資料になるかもしれないと考えてしばらくの間、ノートをつけていた事があった(今は面倒で止めている・・・)。その記録をここにそのまま記載している。
1.オオミズナギドリ 2.ヤマシギ 3.ゴイサギ 4.キジバト 5.ヤブサメ 6. 7. 8. 9. 10.
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・拾得場所
愛媛県西宇和郡三崎町佐田岬灯
・データ
幼稚園の頃だったので、詳細データなし。 鳥は灯台の明かりに寄せ付けられ、よく衝突する。動物園に持ち込み後、内臓破裂が原因で死亡。→当時のエッセイ。
・記録写真

私の頭と灯台基にうずくまるオオミズナギドリ
・拾得場所/日時
愛媛県松山市(自宅前の宮前川) 1996年12月5日
・データ
7時35分頃、小学校に登校する前で、この日は飼育当番で早めに家を出た。前夜は悪天候だった。宮前川は増水していて、ヤマシギはそこを流れていた(岸の近くまで流されてきたところを保護)。
衰弱が激しく全く抵抗しなかった。左翼付け根から出血あり。その後友達の証言から、当日はこの個体を含めて2羽のヤマシギが宮前川にいたと思われる。
その日はヤマシギを学校に持って行き、ダンボールに入れて授業を一緒に受けた。持ち帰って2ヶ月近く自分の部屋で保護した。警戒すると尾を上げる。夜行性で、夜間活発に活動していた。ほとんど鳴かなかったが、1度だけ夜中に「ボーボー」と低く太い声で鳴いた。餌は主にミルワームと釣餌のミミズ。ミルワームは一日に200匹以上食べ、ミミズよりミルワームを好んだ。飛ぶ直前にしゃがむ。隅や暗所を好み、ベッドの下が主な定位置だった。一応この時は役所に連絡したが、狩猟期間で狩猟鳥だったため特に対応なし(一時は自宅まで見に行くと言われたがその後対応が変わった。なんとも杜撰だ。)。
1997年1月31日死亡。保護期間が長すぎたし、いろいろと構い過ぎた。餌も偏っていたのだろう。もっと早めに放鳥すべきだったと思う。
・記録写真

部屋で正しく「同棲」していた。(母撮影)
・拾得場所/日時
愛媛県松山市(自宅前の宮前川) 1997年12月25日
・データ
成鳥。上腕骨骨折、骨折部で翼が1回転していた(サギ類にこういうのが多い気がする)。開放骨折ではなかった。爪から出血あり。元気はあり、洗面器に入れた魚を入れただけ食う。ただ、あまり構うと吐き戻してしまうので、ダンボールに入れて安静にしておいた。翌日、動物園に持ち込もうとしたが、ちょっと油断したすきにベランダから逃げられてしまい、そのまま何処かに行ってしまった。なので詳細データ・写真はなし。
・拾得場所/日時
愛媛県松山市竹原町 2000年5月9日
・データ
私が通っていた城西中学校の体育館裏に巣を作っていたが、除かれてしまう。親は抱卵中で卵があった。翌日、私のところに先生がその卵を届けてきた。卵数は2個(2個とも有精卵でうち1つには穴が開いていた)。産卵後4日程度?色は白色。どうせ捨てるので、中を覗いてみたら胚が成長していて、心臓が動いていた。
・記録写真

当時のスケッチ。

スケールが無い・・・。
・拾得場所/日時
愛媛県松山市竹原町 2000年10月12日
・データ
私が通っていた城西中学校の校門付近で下校途中のSさんが発見。偶然通りかかった私に預けられた。おそらく渡り途中に校舎の窓ガラスに衝突したのだろう。左半身が麻痺していた。一時は元気になったが、その後死亡。警戒時、ジュッに近い「チュッ、チュッ」と鳴いた。
・記録写真

当時のスケッチ。

写真。短い尾羽と頭部の模様が分かる。
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